しまねの地域包括ケア

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地域活動

「島根モデル」の仕組みづくりを

「邑智地域の医療を考えるシンポジウム」が島根県川本町で開かれ、団塊世代が後期高齢者になる2025年を見据えて、高齢者が安心して暮らすための地域医療、まちづくりや地域包括ケアの在り方などを考えた。シンポは川本、美郷、邑南の邑智郡3町や邑智郡医師会、邑智郡薬剤師会、郡内の病院等で構成する邑智地域の医療を考える会が主催。基調講演や地域の医療機関などの活動報告、医療関係者による討議などがあり、住民150人が聴講した。要旨を紹介する。

活動報告

医療スタッフ確保が急務

邑智郡医師会 河野医院院長

河野 圭一 氏

河野 圭一 氏

 邑智郡の人口が減少し、町医者も高齢化している。昭和25年の人口は5万8千人だったが右肩下がりが続く。医療機関は昭和36年頃がピークで37の医療機関があったが、現在は19となっている。郡内の開業医は8人で年齢は51歳から70歳。そして医療に大切な看護師は21人で平均年齢は54歳、2025年には62歳になる。医療スタッフの確保は切実な課題。また、高齢化が進み通院弱者が増えると、訪問・往診の需要は増えるが、医師の高齢化に伴って往診も難しくなる。そうした町医者が医療以外のことを考えながら地域医療を担えるのか。民間診療所の問題としては、人口減の中、今後医療経営が成り立つのか、必要とされる総合診療ができるのか、といった課題も抱えている。

口腔ケアサポーター育成

邑智郡歯科医師会会長

比良田 和典 氏

比良田 和典 氏

 郡内の歯科医療機関は8件、人口比で考えると1カ所当たり2448人を診ている。平均年齢は63・3歳で歯科衛生士など専門職の不足や受診困難者への対応が課題になっている。口腔ケアの必要性が叫ばれていて、平成25年から口腔ケアサポーター制度を創設、保健福祉関係者らを対象にした研修会を同26年から開き、口腔ケアの知識、技術をマスターしたサポーターを認定し、今年度末には63人に達する予定。特に食べることは栄養摂取、食事の楽しみ、社会参加にも関連する生活の基盤だ。高齢者の口腔ケアは本人の栄養状態に直結し、要介護の前段の虚弱状態になるのを防ぐ意味でも健康寿命に関わる大切な部分。また、摂食嚥下機能が低下した方が自宅療養する場合の受け皿が不十分なことも課題である。昨年には「邑智郡食事栄養支援協議会」を設立、自治体や医療機関などが連携して住民の〝口の健康〟について普及啓発活動を続けていく。

医師の高齢化への対応を

公立邑智病院病院長

荘田 恭仁 氏

荘田 恭仁 氏

 邑智病院は郡内唯一の救急告示病院・急性期病院で病床数は98床、そのうち41床が地域包括ケア病床。診療科は10科で医師数は歯科医を含め10人。受診患者総数は今年度も延べ5万人近くなるだろう。
 時間外受診は減少しているが、救急の受け入れ件数自体は増加している。「救急車を断らない」をモットーにしていて、少人数で協力し専門にこだわらず幅広く何でも診る姿勢で対応し、職員同士が助け合う文化を育んでいる。
 病院が抱える問題として上げられるのは医師の高齢化。今は30代〜60代だが40代の医師がいない。現在、麻酔科、小児科、外科、産婦人科、整形外科、歯科に常勤医師がいるのは偶然が重なった結果で、後任の医師確保にはめどがたっていない。後任医師の確保、地元出身の若手、中堅医師の着任が切望されている

地域に住み続けるを実践

社会医療法人仁寿会加藤病院

病院長 加藤 節司 氏

病院長 加藤 節司 氏

 へき地医療分野では西中国地方で唯一の社会医療法人で、私たちがやろうとしているのは地域に住まう(住み続ける)こと。この中で行う地域包括ケア、在宅医療支援は、人の尊厳を保持し、地域を守り、社会の連帯を高める、医療の本質である生活の質の改善を後押しすることだ。そのために、医療と介護、保健予防を一体化させた地域のセンター「地域総合ヘルスケアステーション」をつくろうとしている。基本となるのは、医療従事者が健康であること、学び続けること、つながることだ。
 広域的活動としては、巡回診療や公設診療所の運営、医師派遣など、社会医療法人として最も核心となる事業を行っている。大田市に高齢者が住みやすい家としてサービス付き高齢者向け住宅を造ったほか、川本町内では加藤病院のすぐ隣りに医療近接型住宅も建設中である。

医療を守るため側面支援

公立邑智病院を支援する会

副会長 安田 勝司 氏

荘田 恭仁 氏

 支援する会には個人255人と10団体が参加している。地域住民に対して病院の医師・看護師の過重な負担にならないように、〝かかりつけ医をもつ〟、〝緊急以外の疾病は時間外受診をやめる〟、〝知り合いに医療関係者がいれば紹介する〟などを呼び掛けるとともに、病院周辺の環境美化、病院職員との交流会を開くなどの活動をしている。年2回会報を発行し、情報発信も行っている。
 中山間地の医師数が少ない状況が続いており、医師不足、看護師不足の現状を解消するため、組織的な活動として国や県に対して陳情、要望活動などを行い、病院を側面から支援していく。

これからの地域医療が目指すもの 〜地域医療構想を踏まえて〜

町全体で支える体制が必要

医療を守るため側面支援

産業医科大学医学部公衆衛生学教室

教授 松田 晋哉 氏

教授 松田 晋哉 氏

 これからの医療を考えていく上で一番大きな要素は人口だ。人口減少の主な原因が、若者の流出から高齢化による多死社会へと移り変わっているため、急増する後期高齢者への医療や介護の需要にどう対応していくかが重要な課題である。人生の終末期をどう生きがいを持って、安心して暮らしていくかを考えなければならない。それに対応するまちづくりを進めるには、地域枠を活用するなど将来の医療の担い手の育成が必要になる。
 多死社会の中で増加する高齢者を少ない若者でどう支えるか、地域のデザイン力が問われている。今後、医療・介護を担う人材となるのは今の小中学生・高校生だ。将来、医療や介護職として古里に帰ってくるための仕組みをつくっていかねばならない。
 既に医療機関の外来患者は減ってきているのは後期高齢者が移動手段を持たないことがその理由。町をどう利便性の高いものにしていくかを考えていかねばならない。要支援、要介護者に対応する必要があるが、一方では、住民が広域的に分散して居住している地域では事業者は経営的に成り立たなくなる。サービスを提供しやすい、受けやすい仕組みづくりが行政や医療・介護事業者に求められる。
 人口が減少している邑智郡の場合、〝賢い撤退戦〟が必要だ。団塊世代が高齢化して人口減は続くし、避けられない。これからは山間地区のコンパクトシティー化をどうしていくかが重要になってくる。駅の周辺、病院の周辺に機能を集約化し、超高齢社会では町全体を病院化、介護施設化するといったことを10年ぐらいかけてやっていかねばならない。地域包括ケアの基盤は住宅だが、広い地域に分散した所では、まとまって安心して住めるという公的な枠組みをつくっていかねばならない。診療所中心の在宅医療の提供体制には限界がきており、拠点病院を中心に、訪問診療を支援する地域の病院がサポートするネットワークをつくり、住民が安心して住める医療体制を具体的に考えていただきたい。
 また、高齢化社会ではリスクのある人がより重症化することを予防するための、医療と介護の連携が必要だ。高齢者がアクティブで居続けることができる仕組みを確保すること。高齢者の住まいを保障するとともに、「生活すること」を保障する、まちづくりの中にそうした医療構想を組み入れていく姿勢が求められている。
 人口減が著しい邑智郡は、撤退戦の〝勝ち戦〟をしなければならない。これができれば、この地域は日本の中山間地域のモデルになり、多くの人が視察に訪れるようになる。いろいろな危機的なことを乗り越え、それをチャンスに変えていただきたい。

若手の声

地域枠推薦で医療の道を歩む邑智郡出身の医師や研修医、医学生もパネルディスカッションに参加、近況と古里への思いなどを語った。

三浦 重禎 さん(川本町出身・松江市立病院医師)

研修1年目に勤務していた東京の病院の循環器内科では、不整脈、心不全、心筋梗塞などそれぞれの分野毎にチームが構成されていたが、松江市立病院では5人のスタッフで幅広い分野をカバーしている。今は、松江でも〝地域医療〟をしている状況だ。病気だけ治すのではなく、リハビリをして動けるようになり、食事が摂れるようにしないと家に帰れない。医師だけでは何も進まないことが最近よく分かってきた。

安田 慎一 さん(川本町出身・浜田医療センター研修医)

どの専門科に進むにしても総合診療や救急の場で診療ができるように勉強させてもらっている。将来、指導できる立場になれば川本町との関わりを持ち、そうした人たちへの教育に力をいれていければと思う。

奈須 友裕 さん(邑南町出身・広島市立安佐市民病院研修医)

広島で研修医になって1年目、地域枠推薦で医師となり一歩を踏み出したところだ。地元の皆さんから応援されているという思いは抱いている。将来、絶対この地に帰ってきて地域が直面する問題に皆さんと一緒に立ち向かっていきたいと思っている。

中村 秋穂 さん(川本町出身・島根大学医学部附属病院研修医)

大学に入る前から医者になるなら産婦人科医になりたいと考えていた。大学の実習でお産に立ち会って感動し、いい仕事だと確信した。県内の病院で経験を積み、邑智郡のために産婦人科医として働くことができればと考えている。講演で松田先生がおっしゃった「生きがいを持つことが予防医療につながる」という言葉が心に残った。

波多野 由依 さん(美郷町出身・島根大学医学部生)

今年4月で4年生になり、臨床の勉強が始まる。いろいろな経験、知識を積んで、いずれ邑智郡に戻って来られたらいいと思っている。今回あらためて地元の抱える課題を学ぶことができて良かった。

パネル討論

パネル討論

 パネルディスカッションでは、パネリストの質問に松田教授が答える形で、過疎、人口減少が進む邑智郡の地域医療やまちづくりの進め方などについて考えた。
「〝勇気ある撤退〟とは具体的に何をどうやっていくのか」という問いに対し、松田氏は「コンパクトシティーの鍵は交通と日常生活、買い物、役場機能と医療機関、介護をどうまとめるかだ。病院の周辺に一時的な住まいを造り、自分の家と行き来できる形で、既存施設を利用することも考えて」と話した。 
 また、医師の育成に関して、「一人前になるのに10年位かかるが、若い先生に縛りを付けずにおおらかに見守って」と負担にならない環境づくりを希望。今の教育システムは、医学部を目指すため理系に特化し過ぎているのではと指摘して「医者は人間を診るので人文系の素養をもっていないといけない。それを高校までの教育でやっていただけたら」と述べた。
 急性期については、難しい手術などは大規模病院に任せ、「お産や小児救急、外傷系救急をこの地でできるようにすることが大切。救急医療の専門医の育成だけではなく、総合診療的な救急については島根大学卒の医師全員ができるような教育をしていただきたい」。
 住民ができることとして、「医師の生活を尊重してほしい。コンビニ受診をやめるだけでもかなり楽になる」。患者の厳しい言葉がぎりぎりの所で働いている医療職をつぶすこともあるので、「医師が気持ちよく働ける環境づくりを皆さんにやってもらいたい」と理解を訴えた。
 医療と介護が複合化した地域の医師は、認知症をベースに多くの病気を持つ人を診ていく必要があり、高齢化が進む島根県ではそれを地域全体でできる環境にあるとして、「大学と地域の医療関係者、そして歯科、医学生、看護師らが加わる仕組みをつくり、解決に向けぜひ島根モデルをつくっていただきたい」と高齢者を支える体制の構築の重要性を指摘した。

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