高齢者の「食力」維持へ訪問診療
医療法人 井上幸歯科医院(松江市春日町579-3)
院長 井上 幸夫さん(54)
「これで大好きな漬物もちゃんと食べれるね」。松江市の堀川沿いにある高齢者ケアマンションの一室。携帯型切削器具で新しい入れ歯を手早く調整する歯科医・井上幸夫さん(54)が声をかけると、車いすで装着を待つB子さん(84)、見守る娘さんが笑顔を浮かべた。この日は、市内の病院から退院後に続けている毎月2回の訪問歯科診療日。男女2人の若いスタッフが口腔ケア、施術の際のライティングなどに立ち働く。
「口は健康(病気)の入り口、魂の出口」とされ、食べることを基盤とした日常生活の豊かさと命、人間の尊厳にまで深くかかわる。加齢による虚弱(フレイル)を仕方ないと見過ごしてきた古い常識をあらため、近年は老化カーブを少しでも改善するため、医科と歯科とが連携し、食べる力「食力」の維持改善が焦点になっている。栄養不足、免疫力と口腔機能の低下から、誤嚥性肺炎などの急変にも油断はできない。
だが問題はB子さんのように、種々の事情で通院困難な人の在宅サポートだ。
松江市は全国に先駆け25年前から歯科訪問診療モデル地区となっており、保健師がピックアップし歯科医有志が訪問診療する形で一定の成果を上げてきた。同市春日町で開業している井上さんは、島根県歯科医師会の地域福祉部(高齢者)担当理事として、病院歯科をはじめ医療・介護・福祉関係者や行政とのつながり、市民の意識改革を重視。市と一緒に口腔体操などの「歯つらつ健口コース」、年5回ほど開く口腔ケア研究会や経口摂取支援活動に取り組んでいる。
地域包括ケアの取り組みによって、医療は病院完結型から地域完結型にシフトしている。一方で地域の開業歯科医の3割以上が訪問診療に参加しているものの、歯科医師側の高齢化等によるマンパワーの低下といった課題もある。井上さんは「医療のスーパーマン登場を望むのではなく、何とか今ある医療資源を生かして在宅で過ごす人に光を届けたい」と話した。